袴田剛史さん(FLAIR mastering works) インタビュー
昨年VICTOR STUDIO内にあるマスタリングスタジオ FLAIR所属のマスタリングエンジニア袴田剛史さんの
モニタースピーカーがmusikelectronic geithain(以下ムジーク)になりました。
今回はエンジニアとしてプライドを持ちつつ、音楽そのものへのリスペクトを決して欠かさない。
そんな袴田さんのお話を伺いました。
-本日はお忙しい中ありがとうございます。現在お使いのムジークのモデルを教えてください。
同軸3ウェイのRL901Kです。
-ムジークのスピーカーを知った経緯などありましたらお知らせください。
ちょうど2000年の頃に、ビクタースタジオの202stでムジークのスピーカーをいくつかデモして頂いたことがあって、
その時に初めて知りました。
その時はメーカーの方もいらしていて色々お話も聞き、音も非常に好印象でした。
その後も、坂本龍一さんや著名なレコーディング・エンジニアの方々が使用していて、
その音の素晴らしさはよく耳にしていました。
-ありがとうございます。エンジニアの耳とも言えるモニターにムジークを選んでいただいた理由はありますか?
ムジーク社を最終的に選んだ理由は、ずばりRL901Kがあったからです。
ムジークの他のスピーカー(モデル)も、すごく良いもが揃っていると思います。
私がマスタリング用のスピーカーを選んだ際に大切にした条件のひとつは、同軸であることです。
これはあくまで個人的な印象ですが、3ウェイのインライン型スピーカーに対して少し違和感を感じていました。
それは帯域によって音の出口が違うということに対しての違和感です。
もちろんそれがいけないという話ではありませんよ。
ただ、ムジークは同軸なので音が全帯域合成された状態で出てくる。これは私にとって大きなメリットでした。
そして音の奥行きのフォーカスと繊細なニュアンスがわかる、圧倒的な情報量がムジークRL901Kにあったからです。
musikelectronic geithainのフラッグシップモデル。
完全自社生産の同軸3ウェイのユニットとパワーアンプ、そして独自のベースカーディオイドによって低域に指向性を持たせており、
圧倒的な高解像度を実現。
-ありがとうございます。RL901Kはメーカーとしても我々としても一番自信のある製品です。それを評価していただけて光栄です。
今のお話と少し重複しますが、ムジークの音に対してどのような印象ですか?
実は、ムジークは導入する前から、設置がやや難しく部屋の条件によってはうまく鳴らせないと聞いていました。
それは他のスピーカーでも同じはずですが。
マスタリングの部屋を最近移設したのですが、移設に際してL.A.のルーム・チューナーの田口晃*さんにルーム含め
セッティングのアドバイザーをして頂きました。
とてもいいイメージで鳴っています。
ムジークは繊細なので中域~高域の表現が得意そうですが、
もちろん実際に楽器の音色だったりリバーブの感じは素晴らしいのですが、
キック・ベースの低域の表現力やバランスが優れているのには驚きました。
そして想像していた以上に音楽的です。
また、良い作品は良く鳴らし、マスタリングで修正が必要な部分についても、きちんと示してくれるので、
エンジニアにとっても丁寧に音作りができますし、クライアントさんの判断もとても楽だと思います。
最終的にそうやって仕上がった作品の音が、他のスピーカーで聴いてもイメージが崩れていないのも、
モニターとして信頼出来る証だと感じました。
* 田口晃 =音楽プロデューサー/ルームチューナー
ビクター洋楽部にJVCレーベルを設立。リー・リトナー、デイブ・グルーシン、アーニー・ワッツ、エリック・ゲイル、ビル・ホルマン、渡辺貞夫、日野皓正、ネイティブ・サン、MALTA、国府弘子、中川昌三 他、約150枚のアルバムをプロデュース。XRCDの立ち上げにも寄与。グラミー賞2度受賞。
-マスタリングエンジニアとして多くの作品を手がけられていますが、
作業する上で気をつけていらっしゃることはありますか?
一番気をつけていることは 、歌物に関していえば、歌い手さんの表情を意識することです。
グルーヴとかバランスについては当然気をつけなければいけませんが、
そのなかで歌っている人の表情が出てくる、そして目の前に見えてくるような音作りを心がけています。
またトラックについても最近の作品は非常に繊細なことをやっているので
そういったものの、ひとつひとつの細かいニュアンスだとか表情が見えてくる音作りは常に気をつけています。
-なるほど、作り手の表現、表情を意識していらっしゃるんですね。
普段リファレンスにしている作品や最近聴いている作品などありましたら、ご紹介いただけませんか?
実は私は特定のリファレンスというものは無いんです。
その時々でいろいろ変わっていますね。
ただ、私が考えているのは、その時、その時代で売れている音楽、たくさんの人に聴かれている作品には私たちが作業する上でも大事な要素がいっぱい詰まっている。ですのでそういうものは意識して聴くようにしていますね。
最近の音楽制作の環境においてはスピーカーのスペックが上がってきていて、
打ち込みの音楽にしても、生音以上にトラックの作り込みがすごく繊細で丁寧になってきています。
そういう彼らの個性とも言える作り込みというのは ある面では生音を超えていると思うくらいです。
それくらい非常に緻密なことをしているんです。
そういうのをちゃんとしたモニターで、ムジークのような繊細なスピーカーで捉えて音作りをしてあげないといけないなと思っています。
それで、最近聴いた中で印象に残っているもの、ですね。
例えばEDMとしても流行っていましたが、アリアナ・グランデ(Ariana Grandde)の作品です。
意外に思われるかもしれないですが、ラウドさや クリアな低音の出し方とかはお手本になります。
もう少しゆったりした感じだとアリーナ・バラス(Alina Baraz)という女性アーティスト。
トラックがものすごく繊細で今の時代っぽいなと思います。
ぜひ聴いていただきたいですね。
POPS系であればクリーン・バンディット(Clean Bandit)です。
こちらもすごく丁寧な音の作り方でエコー感もすごく綺麗です。
-今 音作りが繊細というお話ありましたが、それはやはり若い世代の方に多いのでしょうか?
そうですね。特に若い世代のアーティストはみんなトラックに拘りがあって、繊細な耳とセンスを持っている気がするんですよね。
ともすると若い世代は「デスクトップミュージック」だとか「PCミュージック」というくくりで、生音を知らないなんて言われたりする事もあるのですが、
私の印象としては、むしろ環境が良くなったり、機材のスペックが上がったおかげで細かな作り込みができるようになったので良い音のものが出来ていると思っています。
-最近のというところで言いますと、音楽の聴き方が多岐にわたるようになってきましたよね。
CD以外にも配信でもダウンロードやサブスクリプション、またハイレゾ配信やアナログレコード等色々ありますが
フォーマットによってマスタリングは変えていたりするのでしょうか?
そうですね。結果的に微妙に変わっていますが、何(のフォーマット)を最初に作るかによります。
私は1番最初に完成されたもの(フォーマット)がベストであるという考え方なので、
例えばCDを作り、そのあとハイレゾを作るという場合はきちんとバランス良く聞こえるように微調整をする事があります。
CDの作品をハイレゾにするとレンジが広くなるので音数が増えて感じ、それに伴って中低域が痩せて聴こえる事がたまにあるので、それを補ってあげる。
そうすると完成形はCDよりも豊かなものになります。
ただ、やってもコンマいくつ 0.1とか0.2の世界です。
周波数でもデジタルベースで1~2Hz 移動、調整するとか作業としてはその程度です。
ハイレゾについては器が大きくなると全体の枠が広がりますよね。
そうすると全体が広がった分 主題のところがぼやけて聴こえてくる事がたまにあります。
そういうときは主題にフォーカスが合うように きちんとそこを「聴いて」、調整します。
フォーマット毎にマスタリングを変えるというよりは、
音楽そのものを良く聴いてもらう為にその時々で必要な事をするという感じですね。
-大変勉強になりました。本日はありがとうございました。
袴田剛史 プロフィール
- 1970年生まれ。子供の頃は建築士を目指して日々設計図を書き溜める異端児だったが、いつしかペンをトランペットに持ち替え音楽小僧へ。誰よりもいい音を鳴らしたいという精神が現在へ繋がる。“音”そのものに責任をもつことから最高の音楽が始まるという気持ちでいつも仕事を楽しんでいる。ジョギングやスイミングによる体力維持や体調管理にも余念がない。かつて趣味だったが、現在は開店休業中の釣りをいつか再開できればと願っている。
- https://victorstudio.jp/flair/ (FLAIR webサイト)