白取貢さん(映画録音技師) インタビュー
井筒和幸監督の「パッチギ!」「ゲロッパ」李相日監督の「悪人」「怒り」等数多くの映画で録音を担当された
映画録音技師の白取貢さんはスタジオでの作業時にmusiklelectronic geithain(以下ムジーク)のRL906サラウンドセットを愛用してくださっています。
ハリウッド等のアメリカ映画とは異なり、ロケから仕上げまで一貫して一人の人間が手がける日本の映画録音というフィールドに於いてトップランナーとして活躍する白取さんが選んだ、ムジークをはじめとした拘りの機材、そしてお仕事について伺いました。
-ムジークとの出会いはいつでしょうか?
14、15年前になるかなぁ・・・ 御社でRL906を聴かせてもらったんだよ。そのときに聴いたJimmy Scott(ジミー・スコット)の「Nothing Compare 2U」に感動のあまり涙してしまったんだ(笑)それほど感動したよ。
スピーカーでこんなに自然に音楽再生できるんだと衝撃を受けた。それ以来だよ ムジークを使っているのは。
musikelectronic geithian RL906
-仕事としてはどの作品からムジークを使い始めたのでしょうか?
「ホテルハイビスカス」(中江裕司監督/2002)やった時はまだヤマハのNS-10Mだったから、
「ゆれる」(西川美和監督/2006)が制作されている時期だったかな。
「フラガール」(李相日監督/2006)の制作時期も被っていると思う。この2作の仕事で使い始めたんだよ。
とにかく信頼できるモニターだよ ムジークは。
パンチは無いんだけど、すごく自然に鳴るから、現場での失敗もそのまま再生してくれるんだ。
それは仕事で使っている僕たちには非常に頼もしいことなんだ。
ロケでレコーダーに入ってしまったノイズ音が、スタジオのムジークで確認したら発覚したこともあったよ。
つまりヘッドフォンで聴こえなかったのに、スピーカーが再生したということ。これには本当に驚いたよ。
ゆれる/2006
フラガール/2006
-他に信頼している機材はありますか?
そうだなぁ・・・ たくさんマイクを試したけれど、好きなのはKMR81i(NUEMANN社)かな。
仕上げの時にノイズを除去するソフトを使うんだけど、
他のマイクで録ったものは(ソフトウェアでノイズ除去処理をすると)芯が弱くなってしまうんだ。
81iで録ったものは(処理をしても)芯が弱くならないんだよ。
このマイクで録音したものをムジークで確認する流れが僕の中ではとても尊いものなんだ。
そう、それとDAWとしてPyramix(MERGING社)の存在が大きいかな、
ロケでも仕上げでも僕はPyramixを使っているんだ。
左: KRM 81i (NUEMANN) 右:Pyramix (MERGING)
-DAWはPyramixなんですね。Pro Toolsは使われないのですか?
確かに今の映画業界はPro Toolsが主流でどこのスタジオにも設置されている。
ロケではバッテリーで駆動できるハードディスクレコーダーなどで録音し、
スタジオに戻ったらPro Toolsにインポートして作業というのが普通の流れなんだけど、
僕はロケもPyramixで録るし、スタジオでもPyramixで仕上げる。
多分こんなことしているのは日本で自分だけだろうね。(笑)
-それは何故でしょうか?
答えは単純だよ 音が良いから。
RL906や81iのように自然なんだよ。人の声が人の声に聴こえる。
白取さんの音質に対する妥協のない姿勢が垣間見えるセットアップ。
Pyramix用のI/O HAPI(MERGING社)がラックマウントされているのが確認できる。
さらに、その下に見えているミキサーはこちらも音質に定評のあるSX-ST(SONOSAX社)。
-なるほど、原音に忠実。音響機器にとっては非常に大事ですものね。
ところで、録音を手がけられた「怒り」(李相日監督/2016)は第40回日本アカデミー賞で
優秀作品賞を含む13部門で優秀賞を受賞した大変な話題作でした。
白取さんも優秀録音賞を受賞をされましたが当時はどのような機材を使用しましたか?
基本的にはここ数年変わっていないよ。
つまり、仕込みマイクは使うけれど、メインマイクはKMR81iで、
SONOSAXのミキサーを経由してPyramixで録る。
それをスタジオに持ち帰りRL906でモニターして5.1chミックスする流れだよ。
音源は24bit/48kHzで録音してる。
怒り/2016
-この作品は沖縄でもロケをされたと思いますが、機材トラブルはありませんでしたか?
もちろんあった。だってあの湿度だよ、機材はダメさ。
特にマイクは半日持たない。すぐにノイズが出ちゃうんだ。
そうしたらマイクを替えて、使っていたマイクは大量のシリカゲル(=乾燥剤)につっこんで乾燥させるんだ。
湿度に強いマイクもあるんだけどね・・・でも僕のメインはあくまで81iだな。
-いま改めて「怒り」という作品を振り返ってみると、どう思われますか?
坂本龍一さんの音楽や役者さんたちも素晴らしかったが、やはり李さんの拘りが作り上げた作品だと思う。
彼は最高の映画を作るためには一切妥協しないんだ。
役者やスタッフと交渉するのにも一切物怖じしないし、いつも目的が明白なんだ。
その気高い志にみんなが賛同し、あの作品ができたんだ。
僕も当時できることは全て試した満足感はある。もちろん今は未来をみているけどね。
-ありがとうございます。
白取さんは日本でも屈指の録音技師ですが、そんな白取さんがお薦めする映画があれば教えてください。
フランス映画で「預言者」(ジャック・オーディアール監督/2009)はバランスが良かったよ。
音が良いのは当たり前なんだけど、芝居が良いから音が引き立っている。
最近の作品では「存在のない子供たち」(ナディーン・ラバキー監督/2019年)が凄かった。
僕は新宿武蔵野館で観たんだけど、鳥肌が立つほど良かった。
それと僕はアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の作品が好きなんだよね。
「ビューティフル」(2010)や「バードマン」(2014)や「レヴェナント」(2015)の監督。
特に僕は「ビューティフル」が大好きで、アルゼンチンのグスターボ・サンタオラヤの音楽と、
メキシコのロドリゴ・プリエトの映像は極めて美しかった。
確信犯的なミキサーマンのテクニックも面白かったなぁ。特にEQの使い方がね。
預言者/2009
ビューティフル/2010
-ハリウッド映画では何かお薦めはありますか?あるいは影響された作品などは?
何かあったかなぁ・・・
そうだ 映像に対する音楽のつけ方でサム・メンデス監督の「ロード・トゥ・パーテーション」(2002)は参考になった。
実に印象に残る作り方をしていたね。
僕はアシスタントを経て2000年に技師になったので、当時この作品は意識的に観たんだよ。
-音楽は誰が手がけられた作品ですか?
「アメリカン・ビューティー」(1999)や「ショーシャンクの空に」(1994)「グリーンマイル」(1999)のトーマス・ニューマン。彼は素晴らしい作曲家だね。
音楽といえば、ポン・シュノ監督の「殺人の追憶」(2003)で岩代太郎さんが作曲したものには感動したなぁ。
映画の中で音楽を音楽と感じさせないんだ。
音楽が映像にぴったりと寄り添っている感じ。二人のこの高度な技術は大変なもので、同じアジア人として非常に誇らしかったよ。
-すこしだけ機材の話に戻らせてください。
サブ・ウーファーについてはどう考えていますか?
明らかに7.1chや(Dolby)Atmosなどが主流になってきている現在は、サブ・ウーファーの使い方が変わってきている。ある意味サブ・ウーファーの使い方を極めることがこれからの映画作りには必須になると思う。
究極なテクニックになってくるが、風や空気が流れる効果をサブ・ウーファーで作ることができればいいなと思っている。
それは従来の超低域を再生して建物を揺らすといったアプローチとは違い、明らかに次のステージに上がるための技術だと思う。
とても興味があるので勉強したいものの1つだね。
musikelectronic geithian BASIS13K サブウーファー
-ありがとうございます。
では最後に白取さんにとって映画とはどういったものでしょうか?
映像という瞬間芸術と、音という時間芸術が織り成す総合芸術。どちらかが一方でも落ちていてら成り立たない。
映画はとても面白い芸術だよ。
-その映画のなかでこれからはどのような仕事にチャレンジしたいですか?
やはり7.1chやAtmosのような立体的な音像に挑戦していきたいと思っている。
打ち合わせの段階から作曲家とコミュニケーションを取り、初めから立体的なアプローチをしていきたい。
やはり 2chのものを無理やりマルチ・チャンネルに広げるよりも、初めからマルチ・チャンネルありきの作り方の方がより自然な再生音になると思うんだよね。
作曲家と同じ志で7.1chやAtmosに取り組んでみたい。もちろんサブ・ウーファーの信号の作り方も含めてね。
立ち止まらず、常に冒険心を持って仕事をしていきたいよ。
「グレイテスト・ショーマン」のようなミュージカル映画もやってみたいな。
-本日はお時間をいただきありがとうございました。
白鳥貢 プロフィール
- 62年、北海道出身。映画録音技師。伊丹組、北野組などの助手時代を経て、『DEAD OR ALIVE 2』(00/三池崇史)でデビュー。