Gregory Germain(サウンドエンジニア・ミキサー) インタビュー
ポップス・ダンスミュージックを中心にエンジニアとして活躍。レコーディング・ミックスをメインに、様々な有名アーティストの作品を手がけるGregory Germainさん。musikelectronic geithain(以下ムジーク)のRL901Kに加え、Basis14Kを導入した経緯についてお話を伺いました。
-ムジークを知ったきっかけは何でしょうか?
最初はアシスタントのころ働いていたグリーンバードというスタジオで知りました。
先輩のエンジニアさんがいつもセッションのときに持ち込んでいたRL906を聞いたのが最初です。
Gregory氏とムジークの邂逅はRL906(左) 時を経て現在のメインモニターはDCHスタジオに導入されているRL901K(右)
-今メインスピーカーとして使われているRL901Kの印象を教えて下さい
同軸のスピーカーだから位相が安定していますね。ダイナミクスも広いと感じています。
レンジが広い割に耳が痛くない。 少し上品な感じもするけど、長時間作業しても疲れにくいと思っています。
-このDCHスタジオ(株式会社ディグズ・グループ)では元々RL901Kを使われていましたが、最近BASIS14Kを追加で導入していただいたのはなぜですか?
海外(特にアメリカ)のアーティストやプローデューサーがセッションに来た際に、なぜこんなに低域が少ないの?と仰る事が多くて。
RL901Kを大きめの音で鳴らしても満足されないことが多々ありました。また、サブウーファーは使わないの?とも聞かれましたね。
アメリカではサブウーファーを使うのは当たり前の事だとその時聞きました。
海外では当たり前なのかと思い立ち、自分で調べてみるとそもそもの考え方が日本と少し違うものということに気がつきました。
日本はステレオ2chですべての帯域をみようとするケースが多いのですが、海外ではメインのスピーカーはあくまでメインの音やレンジを再生するためのもので、低域(LFE)にはそれ専用のサブウーファーを使おうというスタジオが多いんです。
それもサブウーファーを2台使うことが普通にあります。
だから海外のアーティスト・プロデューサーが来日して作業すると物足りないと感じることが多い、また海外ではサブウーファーを使い作業するのがスタンダードになっているので、会社(Digz)とも話をしてこのスタジオにもサブウーファーを入れたほうがいいという結論になったんです。
そして導入するにあたり、ムジーク以外のいろんなメーカーのサブウーファーも試しました。
でも結局Basis14kが一番良かったし、ムジークのスピーカーを使っているのならやはり同じメーカーのものがいいなという結論になって導入する事を決めました。
musikelectronic geithian アクティブサブウーファー BASIS14K
もう一つサブウーファーを入れた理由があります。
最近はデジタルリリースが増えた影響で日本の音楽が海外でも聞かれるようになってきています。5年もすると更にその動きは加速していくと思っています。
その一方でCDを買わない人やCDを再生する事ができない人もどんどんと増えてきていて、特に若い世代の人ではCDそのものを知らない世代も出てきました。
CDを売るというビジネスは残るでしょうけど、音楽ビジネスのあり方がCDの売り上げに大きく依存できる状態ではなく、なるべく世界中のいろんな人にたくさん聞いてもらう事で、収入になっていく形へ変化してきています。
世界中で日本の作品を聴いてもらい、それがきっかけになって日本のアーティストが海外のフェスに呼ばれたり、海外のプレイリストに入ったりしていくと思うんですね。
そうなった時、つまり世界を相手にしていかなければいけない時代に、実際に世界で評価されている作品が作られている環境は、先ほどのサブウーファーが2台入っているスタジオで、その環境に慣れた優秀なエンジニアが作っています。
結果、海外アーティストの作品の低域の情報量は日本のものと全く違うものになっているんです。これが今の現状です。
音楽がインターネットを介して世界中で聴ける環境で、世界で聴いてもらうためには海外での評価も必要です。日本の楽曲で海外でも評価されているの作品は残念ながらまだ多くありません。
この事には制作側が音楽を聴いている環境も関係していると私は考えています。LOWを再生し切る環境がなければ、海外の作品のLOWにどれだけの情報が詰まっているかがわからない。
つまり、海外で作られた作品のLOWにはこれだけの情報量があって、それが海外のスタンダードであるということを多くの日本のアーティスト・エンジニアがまだ知らないという事がこの現状の理由の一つだと思うんです。
海外の人たちにも評価される作品はLOWをしっかり出さなければいけない。特にHIP HOPやRnBass、ダンスミュージックは出す必要があります。そのためサブウーファーを導入しました。
-たしかに普段耳にする海外のチャートに入っているような作品はすごくLOWが出ていますよね。
それもアンダーグラウンドなものではなく、それこそ車のラジオから流れてくるようなメインストリームの曲にもすごい低域成分が入っています。
そうですね。 HIP HOPやEDMのような打ち込みベースの音楽がアンダーグラウンドなものではなく、POPS つまり一般的な音楽として広く認知されるようになってきたのでLOWを出すのは当たりまえ、というような流れになっています。
J-POPにしても大きな事務所や大きなレコード会社が海外のメインストリームに沿った音楽をやろうとすると、HIP HOPやEDMのようなジャンルになってきます。
しかし実際に出来上がってきた作品が海外の作品のような音にならない。
それは何故だろう?と疑問に思っている人も多いと思うんですが、私の意見としては、まず普段聴いている環境が、もっと言うとスピーカーが音楽を再生しきれていないからだと思います。
スピーカーは口径が大きくても限界があります。今の音楽を再生しきるのにはやっぱり低域専用のドライバーが必要だと思っています。
私もこのBasis14Kを導入してから色々な曲を聴いたのですが、こんなにLOWが出ているんだと気付く事が多くてショックを受けました。
Billie EilishなんてもうLOWと声しか無いじゃないですか。(笑)
Billie Eilish / bad guy (2019)
-なるほど、確かに日本のスタジオでサブウーファーが導入されているスタジオは(MAやマルチチャンネルの作品を取り扱うところを除けば)まだそれほど多くはありませんよね
そんな中、このスタジオではサブウーファーを導入していただいた訳ですが、導入する前と導入した後で何か変化したことはありますか?
先程お話したように色々な曲をリファレンスとして聴いた時、特に低音の”深い”曲をきいた時に感じた事なんですが、今までは低音が深いなあと思って聴いていただけなんですがBasis14Kを入れるとベース音のテイル=音の長さが聴こえたんです。
導入する前はこのベース音の長さは聴こえなかったところでした。
この曲のベース音はこんなに長いんだ、一方別の曲は結構短いんだ、というのがはっきり分かったんです。
低音の音符の長さによってグルーヴが決まる所があると思うんですけど、HIP HOPだと短かったり、話が出たBillie Eilishみたいなインダストリアルのような雰囲気のものやHIP HOPでもトラップ系の作品だと長かったりというのがしっかりと見えるようになりました。
また、声の本当に低い部分や部屋に由来するノイズのようなものをEQで削ったりするのですが、この帯域はRL901Kだけでも聴こえていたものの サブウーファーを入れた今はもっとクリアに把握できるので、この周波数はいらないといったジャッジも明確になりました。判断力が上がりましたね。
-お仕事される上で作業しやすくなったのは我々としても嬉しい限りです。
そうですね、それとサブウーファーについて誤解されている方もいらっしゃると思うんですが、
サブウーファーはもちろん低音を再生するスピーカーなんですが、ただ低域を再生するだけのものでは無いんです。
-と、いいますと?
質の良いモニター環境で作業する為のものでもあります。
低域が出るようになる、もちろんその側面もありますが、それ以上にメインのスピーカーを歪ませずに済む事が重要です。
そもそもスピーカーという物には物理的な限界があるんです。
例えば小さい空間でニアフィールド用の小型のスピーカーを使って作業すると、どうしてもパンチが足りないなとか低域を出したいなという時に音量を大きくしがちだと思うんです。
そうするとスピーカーが歪みます。その結果歪んだ音を聴いて作業する事になるんです。
極端な話ですが、そのままで作業するとすると歪んだ音の作品が出来るんです。一方海外の作品を聴くと音は大きいのに歪んでいない。
2kHzや4kHzのピーキーな感じがしない。レンジも広いのに耳が痛くない、それは何故なのか。
それはスタジオにLFE用のサブウーファーを入れて作業しているからです。
今までメイン(スピーカー)が頑張っていたところ、エネルギーの大きい低域をサブウーファーに任せる事ができるとメインのスピーカーはMID(中域)やHI(高域)をもっときれいに鳴らす事ができるようになります。
加えて低域でかかっていた負荷が取れるので、パワーの余裕も生まれます。特に最近の曲は低域が多いので、当然スピーカーにはかなりの負荷がかかります。
負荷を的確に分散させることで音楽全体をはっきりと見渡せるようになるんです。
この大きさのスピーカー(RL901K)でも効果が分かるので、もっと小型のモデルの場合はさらに有効だと思います。
サブウーファーの必要性を語るGregory氏、彼のホームグラウンドでもあるDigzのスタジオDCH STUDIOではメインがRL901K LFEにBasis14Kをインストール。LFE(Basis14K)はSSLのコンソールの後ろに設置してある。
-確かに低域が出ないからといって音量を必要以上に大きくすると確実に音は歪みますから、モニターし辛さへ繋がってしまう事は往々にして起こりえますね。
我々としても低域がもう少し欲しいという方にはサイズアップの他にサブウーファーを導入するという事も選択肢の一つとして検討していただけるようにしていきたいです。
musikelectronic geithian アクティブサブウーファー シリーズ 左からBASIS11K/ BASIS13K/ BASIS14K
-さて、現在Gregoryさんはエンジニアとして色々な作品を手がけられていますが、作業する上で気をつけている事や仕事の事を少しお話いただけますか?
音楽は人がつくっているものなので、この音楽は誰が何のために作っているものなのかをしっかりと理解しなければいけないと考えています。
例えば作った人がどういった音楽のDNAをもっているのか- ラテンルーツなのか、ロック畑の人なのかといった事を理解したうえで どういったものをイメージして作品を作ろうとしているのかという事をできるだけ早く掴めるように意識して仕事をしています。
我々の本来の仕事は機材のオペレーターではなくアーティストが何をやりたいのかを一緒にイメージし、理解した上で具現化していく事であって機材はあくまでも道具だと考えているので、まずこの事は常に意識しています。
それと(アーティスト本人には満足してもらったうえで)リスナーはどう聴くんだろうということを気にかけるのですが、実はこれがなかなか難しいんです。
私は毎日スタジオでプロのエンジニアとして仕事をしていますが、当然プライベートでも音楽を聴くことがあります。
しかし音楽を聴いているとそれが例えプライベートであっても、この曲のこの音はどうやって作っているんだろうと無意識に聴いている音楽を分析しだしてしまうんです。
リスナーの皆さんは私とは違ってもっと純粋に音楽を聴くはずなので、どう聴こえてどう感じるんだろうというのは想像することしかできませんが、なるべく自分のエンジニア脳をバイパスしてイメージする事を心がけています。
-音楽は人が作っているものであって、機材は道具だというのはすごく良い考えですよね。
アーティストやリスナー、つまり人を意識されているのが分かりました。
それでは 最後の質問になりますが普段聴いている曲やリファレンスにしている曲、また最近手がけられた曲をご紹介いただけますか?
最近は配信リリースが多くなってきて音楽が生まれるスピードがとても早くなっています。
ジャンルの変化のスピードであったり、リリースのスピードであったりがものすごいスピードなので特定のリファレンスというよりは常に何か新しいものをチェックしている状態です。
配信プラットフォーム毎にフォローしているプレイリストを持っていてその中から聴いていいなと思ったものをピックアップして自分のプレイリストに入れます。
それをスタジオや外で聴き、中でもこれは良いと思ったお気に入りを更に別のプレイリストに入れて聴いたり研究したりしています。
-なるほど、音楽が厳選され それが常にアップデートされていくという仕組みですね。参考になります。
ちなみにどんなサービスをご利用されてますか?
SpotifyとApple musicです。Spotifyを海外のものにして利用しています。Spotifyは海外版と日本版では少し配信している曲などが異なるんです。
また海外版を使うメリットとしては海外ではどんな日本の作品がどれだけ再生されていてるかが分かるという事もあります。
私は海外の作品をSpotify、日本の作品をApple musicという形で分けて利用しています。
手がけた作品についてはプレイリストにまとめてありますので是非聴いていただきたいですね。
ー本日はありがとうございました。
Gregory Germain プロフィール
- フランス生まれ、パリ育ち。
日本の文化に憧れて10代の頃から様々な日本の音楽に触れる。
20歳で来日し、レコーディングエンジニアを目指す為、音楽専門学校へ入学。
卒業後は、スタジオグリーンバードでアシスタントとして数多くのメジャーアーティスト、バンドの作品に参加。
日本語、英語、フランス語の三ヶ国語を巧みに操り、海外アーティストはじめ、海外プロデューサーとのセッションにも参加している。
そして、2011年Digz, inc Groupに入社。
ポップス、ダンスミュージックを中心にハウスエンジニアとして活躍。
レコーディング&ミックスをメインとしながらも、スタジオ管理、メンテナンス、音響デザインまで幅広く担当している。
2015年には世界のトップエンジニアだけが参加できる「Mix With the Masters」に世界各国から選ばれたエンジニアの一人として参加。
南フランスにある「La Fabrique」というスタジオにてTony Maseratiからトップクラスのミックステクニックを学ぶ。
様々な経験を経て、現在ではレコーディングやミックスだけにとどまらず、世界的に有名なプラグインメーカー「WAVES」の東京コミュニティーリーダーとしても活躍し、最新の情報を発信している。 - Twitter : @gregory_germain / WEBサイト / Instagram:@mixedbygreg